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偉大な企業が失敗に陥る理由


 みごとな成功を収めてきた企業の有能な経営陣が、ひたすら利益と成長を求めるうちに、最高の経営手法を使って、企業を失敗に導く場合がある。例えば、アメリカにおいて60年代を中心に数十年にわたり世界でも有数の経営手法を持つ小売業と考えられてきたシアーズ・ローバックは、チェーンマネジメント、ストアブランド、カタログ販売、クレジット販売など、現代の小売業の成功に欠かせないイノベーションの先駆者となった。64年のフォーチュン誌には「シアーズは派手な仕掛けを展開したわけではない。それどころか、組織の誰もがごく自然に正しいことをやってのけていた。その効果が積み重なり、企業の強力な動力源となった」と賞賛されている。ところが現在は、ディスカウントストアやホームセンターの台頭に乗り遅れ、現在のカタログ販売ブームのさなかにカタログ事業から撤退し、小売事業の存続さえ危ぶまれている。その後のKマートにしてもしかりである。日本では、ダイエーやそごうの事例、現在その行方が注目を集めているユニクロなどもその範疇にあるのかもしれない。
 マンモスが滅びたように、また企業のこれまでの成功要因が、時流環境の変化によってある時点を境目に失敗要因になり逆作用を引き起こすようになってくる。市場環境変化への適応力の失敗ということもできるが、そのような落とし穴にはまらないために何をどうすればよいのか。
  イノベーション(価値を高める経営技術の変化)のジレンマ(板ばさみ)という概念がある。
  イノベーションには「持続的イノベーション」と「破壊的イノベーション」があり、持続的イノベーションとは、既存技術の性能(小売業の場合は既存顧客の評価)を引き上げる技術のこと。破壊的イノベーションとは、性能を引き下げる(=主流から外れた少数の新しい顧客に評価される)技術と理解することができる。
  持続的イノベーションの果たす役割は、メーカー製造業の業界においてより顕著なものになる。例えば冷蔵庫やエアコンの高性能化や高機能化などはその典型事例である。企業は、競争力の高い製品を開発し優位に立とうとするために、新技術を投入する。主要市場のメインの顧客が今まで評価してきた性能指標にしたがって、既存製品の性能を高めていく。その新技術は、ほとんどが持続的技術であり持続的イノベーションに依存している。業界のリーダーといわれる企業のほとんどが、この持続的イノベーションに依存して成長してきたことは否定できない。
  しかし、時として破壊的技術が現れる。これは、少なくとも短期的には、製品の性能を引き下げる効果を持つイノベーションであり、主流から外れた少数の新しい顧客に評価される。破壊的技術を利用した製品のほうが通常は低価格、シンプル、小型で使い勝手がよい場合が多い。その典型事例は、日本のオートバイメーカーであるホンダが59年から欧米で発売した小型オフロードバイクは、ハーレーダビットソンやBMWが作っていた長距離用大型バイクに対する破壊的技術に相当した。その結果、71年には世界市場規模500万台に対してホンダバイクの販売実績は130万台(シェア26%)にまで達した。
  ところが近年は、中国製バイクが急速な勢いで世界市場(2000年総生産台数1,902万台のうち1,150万台が中国製、次いでインドの375万台、日本は242万台で第3位/自工会調べ)を席巻している。
  このような動きは、従来の写真フィルムに対するデジタル写真、固定電話に対する携帯電話、ノートパソコンに対する携帯デジタル端末、有店舗小売業に対するオンライン小売業などがあてはまる。これらの破壊的技術は、既存技術を急速な勢いで侵食しているし、消滅の危機に追い込んでいるものもあることを認識しておかねばならない。
  どんな業界であれ優れた経営者や企業は、市場の中でも高品質、高収益率(高付加価値)の分野へ「持続的イノベーション」によって会社を導くことができるし、また導こうとする。そのためにあらゆる経営資源を集中投入する。業界リーダーになるために、またリーダーの地位を維持し続けるために努力を惜しまない。
  ところが、そのような優良企業がたびたび危機に瀕するのは、その企業を業界リーダーに押し上げた経営慣行そのものが、破壊的技術の開発を困難にし、最終的に市場を奪われる原因になるからである。優良企業は、既存の顧客の需要に応えて製品の性能を高める持続的技術の開発を得意としている。そのような企業の経営慣行には、次のような特徴がある。

   @顧客の声に耳を傾ける
   A求められたものを提供する技術に積極的に投資する
   B利益率の向上を目指す
   C小さな(下位)市場より大きな(上位)市場を目標とする

  一方、破壊的技術は、最初に出現するときにはほぼ例外なく主流顧客が評価する特性については性能が低い。デジタルカメラがそうであったように。しかし、少数派の顧客に評価される別の特性がある。このため、新しい市場が開拓される。さらに、破壊的技術の開発者は、経験と投資によって絶えず製品の性能を高めていくため、やがて従来の市場を侵食するようになる。小売業界では、ドンキホーテやダイソー、あるいはブックオフといった企業の成長過程にも通じるものがある。
  このような視点で流通業界を顧みると、いまや「顧客満足」は当然の経営的命題であり、顧客満足の追求は優れた経営の手本のように思われている。顧客満足至上主義に則って「顧客の意見に耳を傾けよ」「顧客のニーズを満たせ」というスローガンがよく使われるが、このアドバイスが常に正しいとは限らないという論理が成り立つ。むしろ盲目的な顧客満足や客志向は、会社や組織に対して「持続的イノベーション」に向かわせ「破壊的イノベーション」のリーダーシップを失わせて、企業経営を誤った方向に導くことがある・・・ということになる。
  例えば、百貨店はより百貨店らしくなるために更なる高級路線をひた走っていく。優良企業であればあるほど、高い付加価値を稼げる市場へ攻撃をかけようとするとき、顧客満足という大義名分、そして持ち得る経営資源とエネルギーが密接にそして見事に一体化するのである。
  そこには、まったく逆の方向である「破壊的イノベーション」で会社を下位市場へ導くことはしないし、できない。例えば、ディスカウント分野への参入など、百貨店業界人なら誰も望まないし、エネルギーも注げないからできないということになる。
  日本は60年代から80年代にかけて、様々な新技術により世界市場で大成功を収めてきた。その結果、日本の企業のほとんどは、世界の大企業と同様に市場の最上階まで登りつめて行き場をなくしている。これはとりもなおさず、業界単位でリーダーになっている企業にも相通じることである。
  市場が飽和を起こし、業績が反落し始めるときに必ず「破壊的イノベーション」が起こってくる。その破壊的イノベーションに直面したとき、リーダー企業は「イノベーションのジレンマ」に陥ってしまうのである。
  『イノベーションのジレンマ』を解決し、破壊的イノベーションを機能させるためにどうするか。そのためにはまず、破壊的技術の5原則を理解しておくことである。(以下は、「イノベーションのジレンマ」巻末・グループ討論の手引きより転載)

  破壊的技術の5原則
   1.企業は顧客と投資家に資源を依存している 企業が生き残るためには、顧客や投資家が必要とする製品、サービ
     ス、収益を提供しなければならない。このため、業績の優れた企業には、顧客が求めないアイデアは切り捨てる
     システムが整備されている。その結果、このような企業にとって、顧客が求めず、利益率が低い破壊的技術に十
     分な資源を投資することは極めて難しい。顧客がそれを求めるようになるころには、もう遅すぎる。
   2.小規模な市場では大企業の成長ニーズを解決できない 成功している企業は、株価を維持し、従業員に機会を与
     えるために成長し続ける必要がある。成長率を高める必要はないが、維持しなければならない。さらに、会社の規
     模が大きくなると、同じ成長率を維持するためには、新しい収入の金額を増やす必要がある。そのため将来は大
     規模な市場になるはずの小さな新興市場に参入することが次第に難しくなってくる。成長率を維持するためには
     大規模な市場に的を絞らなければならない。
   3.存在しない市場は分析できない 確実な市場調査と綿密な計画の後で計画どおりに実行することが、優れた経営
     の特徴である。しかし、投資プロセスの過程で、市場規模や収益率を数量化してからでなければ市場に参入でき
     ない企業は、破壊的技術に直面したとき、まだ存在しない市場に関するデータがないために、手も足も出なくなる。
   4.組織の能力は無能力の決定要因になる 組織の能力は、その中で働く人材の能力とは無関係である。組織の能
     力は、労働力、エネルギー、原材料、情報、資金、技術といった入力を価値の向上という出力に変えるプロセスと、
     組織の経営者や従業員が優先事項を決定する価値基準によって決まる。人材などの資源と異なり、プロセスや
     価値基準に柔軟性はない。組織の能力を生み出すプロセスや価値基準も、状況が変わると組織の無能力の決
     定的要因になる。
   5.技術の供給は市場の需要と等しいとは限らない 破壊的技術は、当初は小規模な市場でしか使われないが、いず
     れ主流市場で競争力を持つようになる。これは、技術の進歩のペースが、時として主流顧客が求める、または吸
     収できる性能向上のペースを上回るためである。その結果、現在は主流の製品が主流市場が求める性能を超え
     たり、現在は主流市場の顧客が期待する性能には及ばない破壊的技術が、明日には性能面で競争力を持つ可
     能性がある。二つ以上の製品が十分な性能基準を満たせば、顧客はほかの基準にしたがって製品を選ぶように
     なる。これらの基準は、信頼性、利便性、価格の順で変化することが多く、いずれの基準についても、新しい技術
     のほうが有利であることが多い。

  経営者が新しい技術に取り組むときに犯す最大の過ちは、破壊的技術の原則と戦い、克服しようとすることである。持続的技術では成功してきた従来の経営慣行を適用すると、破壊的技術では必ず失敗する。成功につながる最も有効な方法は、破壊的技術に関する自然の法則を理解し、それを利用して新しい市場と製品を生み出すことである。破壊的技術が発展する背景にある力学を認識すれば、破壊的技術によって生じる機会にうまく対処できる。

   1.破壊的技術の開発を、そのような技術を必要とする顧客がいる組織に任せることで、プロジェクトに資源が流れる
     ようにする。
  2.独立組織は、小さな勝利にも前向きになれるように小規模にする。
  3.失敗に備える。最初からうまくいくと考えてはならない。破壊的技術を商品化するための初期の努力は、学習の機
    会と考える。データを収集しながら修正すればよい。
  4.躍進を期待してはならない。早い段階から行動し、現在の技術の特性にあった市場を見つける。それは現在の市
    場とは別の場所になるだろう。主流市場にとって魅力の薄い破壊的技術の特性が、新しい市場を創り出す要因に
    なる。

  イノベーターの責務とは、現時点ではナンセンスと思われる破壊的技術を企業の中で真剣に受け止め、しかも利益と成長をもたらす現在の顧客ニーズをないがしろにしないことである。この問題を解決するには、新しい市場を検討し、新しい価値の定義のもとに注意深く開拓をすること。その市場独自の顧客ニーズに合わせて慎重に規模と目標を設定した組織、新しい事業構築の任務を与えることが必要であろう。
  ※この原稿は「イノベーションのジレンマ(技術革新が巨大企業を滅ぼすとき)」クレイトン・クリステンセン著/翔泳社刊\2,000(税別)をもとに、事例などを盛り込み加筆したものである。経営者の皆さんには是非ご一読をお薦めする。


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