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経営破綻企業の出店戦略


 全ての小売企業において事業規模の拡大とは店舗数を増加させることである。すなわち出店そのものは当然の経営戦略である。
 しかし、大手百貨店、大手スーパー(GMS)、大手家電量販店でも破綻しているように、近年の小売企業の経営破綻もしくは経営不振の大きな要因として過剰な出店投資が背景にある。では、なぜ失敗したのか。バブル経済以前であれば、新規店舗は3年目で単年度黒字、早ければ初年度から黒字の店舗も少なくなかった。投下資本は5年から7年で回収でき、それ以降は企業の収益に大きく貢献する店舗となった。出店の最大のハードルは大店法であった。
  ところが、現在では、他業態も含めての競合過多、バブル崩壊後の経済不振などもあり、新規店舗が思うような結果とはならない時代となった。けれどイオンやヤマダ電機、一時の勢いは無いがファーストリテーリングなど出店戦略が成功し事業規模を大きく拡大させている。このような企業と破綻した企業の出店戦略の何が違ったのだろうか。
 破綻した企業の新規店舗で共通しているのは、その多くが単年度黒字化することなく、巨額の累損を生んでしまったことである。一言で言えば過剰投資、すなわち必要以上の規模であったり、コストが高くて生産性の低いものを導入したりしたがためである。なぜこのような店舗を出店したかは二つの要素がある。
 一つ目は、経営者の独断専横で、採算性に問題があっても出店させたこと。このような企業では取締役などがそれに反対でもしようものなら更迭されるような経営体質になっていた。また、財務状況は厳しく、これを打破するには、売上高増を継続させる必要がある。そのために出店が不可欠だという論理である。これは日本では、収益性よりも売上高増などの成長性を評価する傾向が強いためであろう。小売業界では「売上(増)が全てを癒す」そうであるが、今の時代には通用しない。
 二つ目は、出店に際してのマーケットリサーチが不十分であったことである。経営状況が苦しい中で出店していくには、あらゆるコストを下げようとする。ところが、削減してはならないコストほどコスト削減しやすいのである。それが、マーケットリサーチを含むマーケティングコストである。
 例えば、投資額50億円の大型店舗を年間10店舗出店するとして比較してみる。(数値は分かりやすいもので実際とは異なる、また直接人件費は含んでいない)

 従来の手順
   1.物件探査(自社の担当者が探査、また不動産会社などからの持ち込み)  100物件
   2.書類審査(敷地形状、地価、賃料、商圏地図、統計資料などをチェックしふるいわけする) 50物件×10万円
   3.第一次マーケットリサーチ(候補に残った物件のリサーチ) 20物件 ×100万円
   4. 出店物件の決定
   5. 第二次マーケットリサーチ(詳細なリサーチ、商圏内生活者へのアンケート調査なども実施) 10物件 ×500万円
   6.開業後の検証(商圏・顧客特性、店舗評価) 10店舗 ×200万円
   7.MDの修正
   合計9500万円  
 赤字店舗(この場合、単年度黒字になることのない店舗を言う)になるのは1店舗程度で赤字額も僅か。残りの9店舗の収益力が高くカバーできる。また、MDの修正や追加投資によって黒字化は可能。事業計画では、損益分岐点売上高と予想売上高の両方が記載されている。

 赤字店舗が生まれる手順
   1.物件探査(ほとんど持ち込み)  30物件
   2.書類審査(敷地形状、地価、賃料程度) 20物件×5万円
   3.第一次マーケットリサーチ(実質的に出店物件は決めている) 10物件 ×25万円
   4. 出店物件の決定(すでに決定しており形式だけ)
   5. 第二次マーケットリサーチ(最小限度のリサーチ) 10物件 ×100万円
   6.開業後の検証しない
   7.MDの修正(根拠のないまま実施)

   合計1350万円
 半数以上が赤字店舗で、塁損は雪ダルマ式に増えていく。また、黒字化店舗にしても収益力は乏しく、投資回収前に競合店が出店すれば赤字に転落する。事業計画書では黒字になっているが、これは黒字になるような数値にしただけである。

 このように、マーケティングコストは、約1億円を1千万円強にまで削減できてしまう。また、このコスト削減を喜ぶ上司(担当役員)がいて、具体的な内容を説明せず、大幅にコストを削減しましたと役員会でアピールする。ところが実際には、削減したコストなど問題にならない巨額の赤字を生み出してしまうのである。なによりも、10店舗で500億円の投資に対して、マーケティング費用など微々たるものである。下げるべきコストは建築費や機械・設備などの店舗コスト、賃料、オペレーションコスト等であろう。要は8000万円のコストを惜しんで数百億円の損出を出しているのである。
 ここで、一番やっかいなのは、出店しない物件には費用は掛けないという考え方である。ところが、これが案外と通ってしまうから不思議である。(日本企業のマーケティング不足は、このような日本人の習性なのだろうか)
 例えば、テーマパークのハウステンボスが破綻したが、これの再建のオファーが東京ディズニーランドを経営するオリエンタルランドにあったがオリエンタルランドはこれを断った。でも、この断るまでの期間にマーケットリサーチをおこなったことは明白である。ではこの費用は誰が負担するのだろうか。当然、オリエンタルランドである。けれど担当者が責任を負わされることはあり得ない。ようするに、新規出店も新規事業であっても参入するか否かを決定するには、十分なマーケティングが不可欠であるということを認識せねばならない。
 大手スーパー(GMS)では、昔からイトーヨーカ堂が店長着任が開業の1年前など、十分なマーケットリサーチをおこなう企業として有名である。また、イオンは、社長直下にマーケティング室をにおいて、SC開発や商品開発などマーケティング戦略を明確に打ち出している。この違いが優勝劣敗となっている。いずれにせよ、経営危機状況にあるような企業が、事業規模の拡大によって危機を回避できるような甘い時代ではないのである。
 ここでは大型店舗を事例として説明したが、小さな店舗でも同様である。例えばコンビニであるが、オーナーとなって開業後1年と持たずに閉店に追い込まれることもある。結果として個人としては巨額の債務が残る。本部が示した売上予測と違ったなど理由はあれど、それを鵜呑みにしたオーナーに責任はある。契約する前に第三者の専門家に物件判断を依頼しなかったのだろうか。
仮に100万円の費用がかかったとしても、年商からすれば僅かなものであるし、開業費用で償却できるのである。


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